Powered By Blogger

2012年8月10日金曜日

そこにいる気配

先ほど次男が高松へ帰った
いつもなら駅まで送ることはないが、今日は送ってきた
先週の土曜日夜に帰省してきた
その晩は、自分の大学の先輩も来ていたので一緒に飲んだ
1週間いたが、遅く帰省して早く帰ったので中身は5日間
そのうち、留萌の実家へ2日間行った
残りの3日は高校時代の友達とほとんど過ごした
というより、午後から出かけてそのまま飲みに行き、朝帰り
その生活のパターンだった
オレはオレの生活のリズムがあるから雨の日以外はウォーキングへ出かける
親といるよりは久しぶりに会う友人と過ごすのが楽しい

それは分かる

できることは、内がいないので旨い飯をつくってやることだけだ
アレルギーがあるので魚を抜いた食事になるが
高校時代から飲食店でアルバイトをしていたので味にうるさい

留萌の実家からも夏野菜がたっぷり送られてきた
そして、息子が留萌にいったらまたもやたっぷりの夏野菜を持って帰ってきた
2人暮らしなのにこの量をどうすればいいのだろう
などと思いつつ食材を無駄にしないようにあれこれチャレンジ料理
・新じゃがのポテトサラダ
・ささげ、ピーマン、なすのてんぷら
・さやえんどうの味噌汁
・もろきゅう
・さやえんどうの炒め物
・ささげとなす、厚揚げの甘辛炒め
・トマト丸ごとのミートソース
・牛タンの塩漬け
・鶏肉の照り焼き
・ホルモンの味噌煮込み
・鯨の刺身
ま、こんなもんだったかな?
既製の調味料は一切使わず、「さしすせそ」での味付けだ
「旨い」と言って、食事が終わると息子は自室で本を読む
茶碗を洗い、洗濯をする

完全にオレ主夫してますが・・・

昨日も朝帰りだったのでちょっとウォーキングへ出かけた
旭山公園

旭山公園から市内を俯瞰するのは気持ちいい
こうしている間も息子は家で休んでいる

公園内から藻岩山へ行けるらしい
3時間ほどで帰宅したら
「今晩も連絡あって出かけるわ」という

結局、家で一緒に夕食をとったのは帰省したその日と留萌から帰って来た日だけだった

お盆明けから石垣島へ出張
半年間、新石垣空港の施工に携わるらしい
ネットで調べると25年3月に開港ということだからシビアな仕事になる
正月はおそらく帰ってこられないという


ほとんど、話らしい話もしないで
というよりは顔を突き合わせてもとりたてて共通の話題もないが
(こういうところは男の親子らしい)
元気にしていることが間近で感じられる

なにより、友達と出かけようが実家へ行こうが必ず帰ってくるし
自室にこもっていても、そこにいる気配が感じられて
それだけでいい

2012年8月8日水曜日

つながり

先週初めまでの猛暑が嘘のように
湿度が低くさらりとしたそして25℃以下という
非常に過ごしやすい日々の札幌
空を見上げるとどこまでも青い
昨日は遠くからも手稲山から藻岩山までの稜線がくっきりしていた


記憶はたしかでないがおそらく5月の連休前に大学の先輩から電話があった
先輩と言っても剣道部だけで同期が約50人
先輩が約150人の大所帯な訳だが
1年間を他の部活と共同生活をする寮生活を終えると
3つある剣道部の自治組織の合宿所に入る
さらに合宿所の中ではお世話をする先輩から
ドラフト制度のように指名されて文字どおり24時間寝食を共にする
8畳部屋に5人の共同生活が行われた
3人の先輩に対して2人のお世話係
これを「部屋っ子」という
ただ、同期が家の事情で夜にアルバイトをしていたので
実質3人の夕方からのお世話をしたのはオレ1人だった

部屋っ子の朝は先輩より早く起きて朝稽古の支度をし
「お時間です」と声をかけて道場へ行き朝稽古のする
稽古が終えたら防具を干して汗をかいた道着を防具袋へ入れ合宿所へ帰る
日中は食事当番がない限り授業へ行くのだが
その合間を縫って、道着を干しアイロンをあてる
週に2回は、授業を合わせて3回の稽古があった学校だから、息つく暇もない
夕方の稽古が終ると防具を干し道着を防具袋に入れてまた合宿所へ帰る
夕食の前に3人の風呂道具と着替えを持って銭湯へ行く
3人分の洗い場を準備して3人分の背中を流す
「いいよ、自分が洗ったらええ」と言われて、ささっと洗い終える
脱衣所で濡れタオルや着替えをもらい合宿所へ帰る
夕食をとり9時の点呼まで洗濯をしたり、道着の手入れをしたりする
点呼が終わると「酒とつまみ買ってこい」と言われたり「飲みに行くぞ」と言われる
そういう日常にかかるお金はすべて先輩が支払う
飲み会が終わったら「マッサージ」の声がかかる
ここも3人分する
3人から「消灯」という声がかからないと眠られないシステム
こういう生活に馴染めなくてあとあとまで苦い経験として語る者もいるが
厳しさの中に情があふれて嫌じゃなかった
ただ、この期間は布団で寝ることはなくこたつで寝ていた(笑)


「もしもし、わしや。わかるかわしやで」
携帯の着信でもう名前が分かっているのだが
あらためてその声を聴くと間違いなく岐阜の先輩
「なんかあったんか?いろいろ心配しとったで、どないする」と
ま、いろいろ近況やらを話し終えて
「わし、夏休みに北海道旅行に行くんやけど、おるか?」
「8月の第1週の土曜や。嫁も同期会があってついでに行くんや」

そうは言ってもオレを気遣って様子を見にくるに違いないと思った

10数年前、剣道スポーツ少年団の全道大会で中学生女子の部で個人優勝させた
全国大会は岐阜県大垣市で行われた
引率で岐阜に行きますと連絡したら、わざわざ時間をとって一緒に呑み
また、大会会場でできるだけいい場所で観戦できるように便宜を図ってくれた

数年間も連絡を取らなくても大学時代に濃密な生活をしたことで
お互いの性格やら考え方の深層がわかってくるらしい

今回の来道にいたって連絡が来たが
ちょうど家内も1ヶ月ほどソウルの高麗大学へ短期留学しているので
自宅へ泊っていただけないかと快諾を得た
8月4日(土)夕方、JR琴似駅へ迎えに行った
すっかり頭は白くなっていたが声の張りや肌艶は若々しい
自宅へ案内してからちょっとした観光へ行こうとしたが生憎の天気だった
「ええで、ええで気ー遣わんで」
ということですぐに安着祝いのビールを飲む
自家製のイカの塩辛や日高沖の時鮭、たこ、鵡川産のシシャモで飲む
帳が下りる前のまだ日が落ちる前に「外いこう」ということになった
たわいのない話や先輩が大腸がんになった話
それぞれの子どもの話などなど
そこには時間の隔たりが全くなく、つい昨日も会ってましたという感じだ
自宅へ帰ってから、岐阜の同期に電話し
ほとんど内容を覚えてない状態になったが自宅なので安心だ
そのうち、次男が四国から帰省してきたので3人で飲んだ
「もうたくさんや、寝るで」という合図で宴もお開き
34年前となにも変わらない時間だった

おそらく、お互いに腹に持っているものを語り合ったと思うが
翌朝には何事もなかったように琴似駅まで見送りに行った
小樽、積丹、羊蹄山麓、洞爺湖、昭和新山、登別、支笏湖を夫婦で巡り
「いろいろ世話になりありがとう」昨日メールがあった

退職をしたときに同期や部屋っ子が電話をくれたり
先輩が激励のはがきをくれたり
四国へ行くときに必ず寄ってねと連絡をくれた同期
おそらくは形に現れたり現われなかったりしてもつながりを感じる
また、上京する時には決まって数人が集まってくれる


もう、そんな合宿生活経験は100%経験できないが
一時期でも心通わせた人のつながりというものは
浮遊しそうな心の移ろいをしっかりと楔として生きている
それは家族のものとは別個のものとして・・・
お元気で



2012年8月2日木曜日

堂々と

前回の投稿で「そのうち出るよ」と言ったその日に金が出た
柔道界としては逸材だったかもしれないが、一般的には認知度が低い
本当に何を基準として、メダルを取れるとかという報道になるのだろうか?
見た目重視のアイドルアスリートにスポットを当てているとしたらお笑いだ
残念だったのは女子柔道の福見、中村、上野が相次いで敗れたことだ
彼女らは相当力があると断言できる
男子も心配するほど力の差はない
あえて言うなら、柔道からJUDOに変わったことだ
今回はまた国際ルールが変わったようで(オレが知らなかっただけだが)
ポイントが細か過ぎたり、基準が厳しかったりする気がする
統計的に分からないが「投げで一本」で勝つ確率が低い
というのも投げられたら受け身をとることは100%ない
投げられたら身をよじって背中をつけない防御姿勢になっている
一本が技ありに、技ありが有効にという具合に
いかに相手にポイントを与えないかというつまらない試合になっている
豪快に投げられたら背中がどうのこうのということなく
死に体になっているのだから一本でいいのではないか
また、組手に関してもしっかり組ませるルールにしないと
本当の柔道の面白さがますます希薄になっていくような気がする


今回のオリンピックでは勝ちにこだわることで
いろんな事象が話題になっている
開催前は、国籍問題だ
カンボジア代表として猫ひろしがマラソン出場を狙ったが
あれはほんの序の口で本人の意思である
国を挙げて自国に有力選手を引き抜くことが日常茶飯事になっている
これはオリンピックだけじゃなくサッカーWCUPも同じだ
さらに今回は、予選の成績で対戦相手が決まるから
意図して負ける、引き分けた試合があったと報道された
バドミントンは無気力試合と認定して失格処分になっている
なでしこも同じく次戦を考えて引き分けを指示したと言われている
当事者じゃないので真偽は分からない


オレの頭にあるのはオレも同じ経験をした覚えがあるからだ
初めて剣道部の顧問になり3年目
高体連の地区予選で明らかに力は2番手以上のチームをつくった
ところが組み合わせでリーグ戦を2位通過しないと最も嫌なチームと当たる
そこで選手に「無理に攻めなくていいから」と指示した
対戦相手も同じ戦法で来た
団体戦の試合で両者打ち合わないつまらない試合になりかけた
オレはやはり違うのではないか
もし、北海道大会に進むのなら優勝して進めばいいだけだ
という考えに至り選手に堂々と一本をとりに行きなさいと変更した
当然、簡単に打ち負かしたが
準決勝では僅差で敗れ北海道大会に進むことができなかった
女子個人優勝だけだった
その時の3年生には申し訳ないと思ったが
今思えば正しい判断だと思っている
翌年には団体・個人とも優勝させて
初めて日高地方に団体の優勝旗をもたらした


さて、なでしこである
先の大会で「世界一」になって選手より監督に重圧がかかっている
もう少し気楽にやればいいのにと思うがそうはいかないらしい
やはり国民の期待だとかチャンピオンとしてだとか
つまらんことが頭に浮かんでいるとしたら同情したい

「2位は敗者の代表」みたいなことを言われるけど
結局、全部勝たないと優勝はない
オリンピックに出ただけで立派じゃないのか?
本大会に出るまではオリンピック出場が悲願の時もあったはずだ
ランキング1位が絶対優勝するなら試合を見るまでもない
どの競技でもナイスゲームしてくれたらオレはうれしい
オリンピックでも小さな地方大会でも

そこにはなんら変わりない1点がある
全力で相手にかかっていく闘志だ
それが観ている者を惹きつけ感動させる
オレがみたいのはそんな試合

今日はまた朝からつまらないゲームを見た
ダルヴィッシュ
君はいつまでもそんな逃げ腰のピッチングをしているのか?
ピッチングが小さくなりすぎて観ていて心が躍らない
堂々と勝負しろ!



ここ数日、いただいた野菜などを料理してますが
今日はグーズベリーのジャムをつくりました

正直、旨い!あとでフランスパンでも買ってくる
最近つくったもの
鳥のささみ、ズッキーニ、ミニトマトのカレーと絹さやオリーブオイル炒め
スナックエンドウとベーコン、卵の炒め物
あ、今一人暮らし

2012年7月30日月曜日

ちょっと自分にウソついた

北海道マラソンもあと4週間を切った
今月はウォーキング月間
400kmを越えているが、今一つ体にダメージがない
それはそれでいいのだけれど、やはり走ってない体がどのような反応するのか
などとまた下らないことを考えて
今日は出もしない北海道マラソンのコースをア・ル・イ・タ

昨夜はなんだか夕食の後に寝床で読書をしてたら、そのままさよなら
夜中に読書灯の明かりで驚いて目が覚めたが2時だった

即寝

5時過ぎに非常に寝汗をかき寝苦しくそのまま起きた
睡眠時間、9時間。充分すぎる
コーヒーを2杯、実家から届いたミニトマトとリーフレタスとチキンのソティ
これで朝食終了!

ネットとTVでオリンピック情報を確認しながら
「メダルメダル」と騒いで見ても報道の誇張なのか
ただただ選手の不振なのか、今一つ感は否めない
その中でウエートリフティングの三宅がメダルを決めた時の
喜びと充実感があふれた笑顔を見て
裏にある努力というものが一度に表に出た表情だとこちらも微笑んだ
アーチェリーの団体女子も事前に話題もなくフレッシュな笑顔だった
確かに金メダルが良いのだろうけど
そんなのはどうでもいいんじゃないのか

そのうち出るよ(笑)

8:45に家を出て北海道マラソンスタート地点の大通り西4丁目に向かう
大通りに着いたらこの夏一番の暑さの予報
心浮かれる天気
テレビ塔の時計、9:00ジャスト出発
 去年までのスタート地点、中島公園を横切る
5km地点まで時速5㎞を意識しながら歩く
ここでちょっとしたハプニング
南22条大橋を目指していたが、ミュンヘン大橋まで行ってしまって
さらには間違って地下鉄澄川駅に行った
5km地点を確認することなく、平岸通りを下り豊平川を渡る
10km付近はJR札幌駅東側の石狩街道
新川通と琴似栄町通り15km付近を右折
新川ビッグハウス、新川高校を右手に見ながら再び新川通り19km付近右折
新川通りと追分通の交差点を渡るとハーフ
アンダーパスをくぐっていよいよ何もない死のロード
25km付近、前田森林公園
オロロンラインが見えて左手に大きなマンションが見えたらすぐに折り返し地点
30km付近、アークス
35km付近、アンビオーズ
「ここまで来たらもうすぐだ」と思ったら
ほとんどのランナーが暑さでヘロヘロ状態
歩き入ります
新川通に再び戻り、札幌工業高校の北側の角を曲がると北大
わぁー余計なもの映ってる
歩いてもへとへとで気づかず
もうここまで来たらもう少しの道庁前 
 力を振り絞ってさぁーフィニッシュ!大通り西5丁目到着
 テレビ塔の時計で17:33(実際は17:30に到着)
正直、出発前はフィニッシュ後もウォーキングで帰宅予定だった
若干のハンガーノック気味
それより、右ハムの違和感で地下鉄で帰宅
今月は公共の交通機関でさえ乗っていなかったので
出発前に絶対に歩いて帰ってくると自分に誓ったけど
ケガには勝てず、歩いてこなかった
人に迷惑がかからない自分に対するウソなのでいいかな



2012年7月27日金曜日

琴似外周

琴似在住10年目、区切りのいい年だ
今は必然的に散歩、ウォーキングなるものが日課となっている
今月はたぶん今日で400kmを突破する
今月も車の移動は全くない
地下鉄の移動があったかな?程度ですべて徒歩である
こう徒歩になれると時間がある限り移動にお金をかけるのはどうか?
などと世間一般の人の考えとはかなりの隔たりがあることは分かる
現に片道10km前後ならもうそこは徒歩圏である
もうウォーキングのルートも慢性化してきたと思っても
同じ道を逆回りしたり、小路に入ったりと中々面白い発見がある
今日は自分の住んでいる琴似という住所の外周を歩いた
家を出るとすぐに琴似と二十四軒を挟む通りに出る
数100m進むと税金の無駄遣い職業支援センター
前の土地だけで〇〇億円、駐車場にもならない土地、意味なくでかい建物
鉄工団地通りに突き当たると左折
右側が八軒になる
入植した戸数がそのまま地名になっているので二十四軒と八軒
琴似栄町通りを横切る
すぐにJR琴似駅
その裏手の八軒側には歴史の趣きがある赤レンガ
今はFM三角山のブースが入っている
さらに進んで琴似発寒川に出る
岸の向こう側は発寒 
今日は朝から暑かったので近くの保育所からきた子どもたちが水遊び
この琴似発寒川を挟んで人と車の流れる幹線が多く1kmくらいの所に橋が多い

ハマナスの花
河畔は静か
ポプラはそこら中にある
旧五号線に出ると左折
向かい側が山の手、斜め向かいが西町北
琴似栄町通りを渡る
三角山を背に左折するともうすぐ琴似一周
ご苦労様、約3.5km
今日は午前中に2周、夕方には別ルートを散歩

銀行行かなきゃ