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2012年3月18日日曜日

午後の最後の芝生

これも村上春樹の好きな短編のタイトル

今日は年に一度の晴れがましい日だった
僕が晴れがましいのではなく、送られるものが晴れがましい日

卒業式

一昨日からの動悸もおさまり完璧な熟睡で5時半に起床
風呂を追い炊きにして『午後の最後の芝生』を読む
時間がないのであともう少しというところで切り上げた

コーヒーにミルクを入れていつもどおりの時間を過ごす
唯一違ったことと言えば、朝食を取れなかったこと
炊飯器には米粒一つもなかった 昨夜、息子が全部食べたらしい

久しぶりに大丸であつらえた三つ揃えのスーツを出す
白地にスカイブルーのストライプの入ったワイドカラーシャツ
靴はリーガル ベルトはバーバリー
つまりはそれなりの服装をしなければならない
おまけに昨日は髪をバッサリと切ってさっぱりした

いつも寄る7-11でミルクエスプレッソコーヒーとカツサンドイッチを買う
早めに着いて職場で朝食を取りながら一日の準備を始める
とりあえずチーフっぽい

業務は淡々と事務的に進められる 何の問題もない
あちこちで「おめでとう」「ありがとうございます」と儀礼的な声が聞こえる
僕はというと当然ながら職業的な笑顔になっている  めでたい
でも、今日は3人と会うことになっている
式の前に2人と会ったが、これは何の意味を持たない ただの挨拶だけ

式が終わってようやく時間をとって話ができた
1人目は母親と一緒に話をした 卒業までに6年かかったと言った
去年も一昨年も卒業のチャンスはいくらでもあった でも卒業はしなかった
本人の仕事も忙しかったし 何より気持ちが向いていなかった
「長かったけどよくがんばったね」という
「ほんとに頑張ったんだから」と屈託なくいう
母親は傍らでほほ笑んでいる
「でもな、この時間は無駄じゃなかったと思える日が来るから」
「ほんとにそうかなぁ」という
「若いうちに挫折を味わって、元気になることが価値があるんだ。挫折を味わわない方がいいかもしれないけれど、挫折を味わった人は挫折している人を理解できる。だから、すごく価値があるんだ」
「ふ~ん、そんなもんかなぁ~」
「私ね、やりたいことがいっぱいあるし頑張れそうな気がする。今の仕事も頑張る。彼ともうまくいってるから今が一番いいかな」

ここで、きっぱりいう
「少し面倒かけられたけど、めんこいし、好きだったんだね。でもね、同じ年頃で一番好きなのは自分の2人の息子だよ。おそらく、お母さんも〇〇のことが誰よりも好きなんだ。いくつになってもね。お母さんを大切に!」と両手で小さな手を握る
カラーコンタクトの奥に微かな潤いがあった

2人目は1時間以上も話した
なかなか心を開かない生徒だった 本当は今年卒業のはずだったけど延期した
いろいろ話したけど、話の核心に触れた
「わたし、学校の先生って信用してなかったんだ。先生と会う時までね」という
「もしかしたら、それは1年次のリポートの返戻のコメントがきっかけじゃないのか」
「そう」と答えた
「今まで、自分が否定されてきたようなことばっかりだった。なのに、受け入れてくれたのは、先生が初めてだった」という
「先生という職業ははサービス業なんだよ」というと「えっ」と顔色が変化する
「でもね、たとえば商品を売るときに丁寧に熱心に売る人と数が売れればいいやと思う人がいる。俺はね。どちらかというとすごく熱心に商品を説明して売る方の人種なんだね。お客さんが多いとか、少ないとかの以前にね。非効率かもしれないけど、信用が生まれるんだ。だから、熱心に対応する。これは、昔から変わらないスタンスなんだ」
ぽろぽろっと涙が落ちる
そーっと肩を叩いて見送る 
困ったときに電話していいかと聞くから 「もちろん」と答える

3人目は剣道の相棒
「4年間お世話になりました。また、先生に会わなかったらこの子はどうなっていたんでしょう。神様は本当にいるみたいですね。」と母親がいう
「僕も相棒がいなかったら楽しくない4年間だったでしょうね。感謝してます。」という

道場へ行き最後の稽古をする
いつもどおり静まり返った道場だ
体操をして、素振りをして礼をする
切り返し、基本打ち、立ち合いの繰り返し
存分な打突の応酬 気持ちの入った最後の稽古
最後の立ち合いで3本勝負
ほとばしる汗 漲る力 あふれる気力
最後だからといって餞がわりに勝たせるわけにいかない
気を抜いた稽古 相手に花を持たせる稽古は意味がない
お互い全身全霊で打ちかかる 

最後は相棒の面を捉えて勝負あり 
かかり稽古と切り返しで稽古が終わる
「4年間よく頑張りました。君と会えてよかった。ありがとう」と感謝を述べる
そこには上下関係はない つまり、ノーサイド
お互いに認め合うところが4年間で築かれていた

しかし、彼は僕の防具を片付け、稽古着・袴を干し、面手拭いを手洗いする
道場に鍵をかけ廊下を歩き
「朝稽古でまた稽古お願いできますか」
「もちろん」

3人とも大勢とは馴染めないらしい
でも、僕とは馴染める、または僕を信用する
不器用なおっちゃんでも3人にとってはいいらしい

『午後の最後の芝生』のように僕は丁寧に仕事をする
丁寧に仕事をすればするほど 何故かことは歪み始める

大きな女主人が娘の部屋を見せてくれたように・・・。

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